ぱらまるさん、自然に帰る
第一次産業的生き方
ぱらまるさんは第一次産業に関心がある。
そんなことを言うと、農家や漁師のみなさんに「われなめとんのか」と怒られてしまいそうなので初めに謝っておく。
ぱらまるさんは第一次産業の苦労は知らない。ごめんなさい。
でも、とても興味があるのだ。
小学校の社会科で、第一次産業・第二次産業・第三次産業についてはみなさん習ったことだろうと思う。
第一次産業とは、自然界に直接働きかけて富を得る産業のことである。
そこで生産・収穫した原材料を加工して富を得るのが第二次産業だ。
第一次・第二次のいずれにも分類されないものが第三次産業(小売・サービスなど)と呼ばれる。
近年では、たとえば鶏を飼って卵を生産し(第一次産業)、卵からプリンをつくり(第二次産業)、それを販売する(第三次産業)ところまですべて行うことから第六次産業と呼ばれるような事業もあるそうだ。
興味深い。
ともかく、一次でも六次でもよいのだが、ぱらまるさんは自然界に直接働きかけたいのである。
ぱらまるさんは今は無職だが、かつては働いていた。
こてこての第三次産業で、人間ばかりを相手にしていた。
自然界に働きかけることなどほぼなかった。
なぜ我々は牛乳を飲むのか?
そんなぱらまるさんだが、かつて仕事の関係で長野の酪農家を訪れたことがある。
牛を飼い、乳を搾り、それを売っている人の話を聞いた。
もちろんその酪農家は第一次産業としてもうまくいっているのだが、搾乳体験や動物とのふれあいなど、観光客向けの商売で成功している様子であった。
ぱらまるさんは毎日牛乳を飲んでいるが、なぜそもそも人間が牛の乳を飲むのだろうか?
幼い赤ん坊は母の乳を飲むが、なぜ我々のようないい大人が、よりにもよって牛の乳を飲むのだろうか?
まあ栄養があるということなのだろうが、それにしても牛からしたらたまったものではない。
酪農家さんから聞いた話である。
まず当然のことながら、人間と同じく、乳を出す牛は牝牛であり、しかも出産直後である。出産後であれば当然自分の子に乳を飲ませたいに決まっているが、毎日ギュウギュウ人間様のために乳が搾られるのである。
乳が出なくなったらどうなるか。
また妊娠させられる。
そして出産し、乳を搾られ続ける。ギュウギュウ。
もう妊娠できない、乳の出なくなった母牛は、肉になる。
スーパーで売っている、安い、あまりおいしくない肉がその母牛の肉だそうだ。
人間って、極悪非道な生き物ですね。
都会の人間が自然と生きることは可能か?
さて、牛のことを考えていたら絶望的な気持ちになってきたが、牛に限った話ではない。
人間は都合のいいように自然を利用し、破壊しながら生きてきた。
もちろん里山などは人間が適度に管理することで良い状態が保たれるから、人間の介入を一切否定するわけではないが……。
とにかく、地面にコンクリートをかぶせ、そのうえで家庭菜園をやっているのだから、ぱらまるさんのやっていることは愚の骨頂である。
そう、ぱらまるさんは家庭菜園をやっている。
以前失敗したが、今年も懲りずにやっている。
プチトマトと、大葉と、シシトウを育ててている。
大葉はすでに多くの葉っぱを付けてくれているが、プチトマトとシシトウはまだまだこれからである。
パール=バックの『大地』を読んだことがあるだろうか。
随分前に読み、また読み返したいと思っているが、舞台は中国である。
貧農の王龍の話から始まり、その子、孫の三代が描かれる。
出版されたのが20世紀前半であるが、19世紀から20世紀にかけての激動の中国が、農民の視点から描かれる。
時代に翻弄されつつも、土地とともに力強く生きる中国の人々のイメージが、鮮やかに浮かび上がる。
この作品で彼女はノーベル文学賞を受賞した。
土地とともに生きること、それができたらどんなにいいだろう。
現代ではあらゆるものが商品である。
毎日のコメも野菜も金を出して買わねばならない。
自分でつくれば、当然金を払う必要はない。
無職で金のないぱらまるさんだが、自分で野菜をつくれば働く必要はないのではないだろうか。うん、きっとそうだ。
広大な中国ではなくせまい日本の都市に生きるぱらまるさんは、とりあえず貸し農園を利用してみることにした。
自分で野菜をつくり、食べることにした。
そう、もちろん金を払って、農園を借りるのだ。
働くこと
仕事
ぱらまるさんは仕事を探している。
ご存知のようにぱらまるさんは無職だ。
高等遊民なのかこのやろーと思われたかもしれないが、そうではない。
経済的には余裕はない。むしろピンチである。
銀行の残高は増えないのに毎日買い物しているという事実に、毎日驚いている。
無職でヒマだから始めたブログだが、いつまでも無職でいるわけにはいかない。
さて、仕事とは、働くとはどういうものであろうか。
ぱらまるさんが子どもの頃から、周りの大人たちの多くは働いていた。
もちろん夫が主な稼ぎ手となり妻が家庭での諸々を担うというケースもあったが(その逆は一組しか知らない)、そのような女性たちももちろん家の中で働いているわけである。
もちろん様々な事情があり働くことができない人は世の中に大勢いる。
働く必要がないため働かない人もいる。
それでも、日本国憲法の国民の義務の一つに「勤労」があるように、働くことは現代の私たちにとっての「当たり前」の一つのようである。
働くことは人間の本質か?
人間の定義に「ホモ・サピエンス」がある。
これは人間の「考える」という性質に注目した言葉である。
同様に、「作る人」という意味の「ホモ・ファーベル」や、「遊ぶ人」という意味の「ホモ・ルーデンス」という言葉もある。(「ホモ・シンボリクス」という用語もあるそうだ、初めて聞いた。)
確かに人間は考え、作り、遊ぶ。(ほかの動物もやってる気がするけど……。)
だが、「働く」ことは、もしかしたら人間の本質ではないのかもしれない。
古代・中世における「労働」
アテネ市民(男性)は日がな一日議論を戦わせていた。
政治参加も市民の重要な役割であった。
彼らには働いているヒマなんかない。
古代ギリシャでは、働くことは奴隷の役割だった。
中世ヨーロッパでは、ベネディクト派のモンテ=カシノ修道院で「祈り、働け」がモットーとされた。
ただしそれは「清貧・貞潔・服従」の厳格な戒律のもとにあったので、金を儲けるための労働が正当化されていたわけではない。
プロテスタントにおける「労働」
労働観について、大きく様子が変わってくるのは近世になってからだ。
ルターに始まる宗教改革では、旧来のカトリックに対する批判から、聖書主義・万人司祭主義のプロテスタントが誕生した。
宗教改革のさきがけを担ったルターの活動は主に現在のドイツにおいてであったが、時をほぼ同じくしてスイスに登場したのがカルヴァンである。
のちにカルヴァンの思想を支持する人々はカルヴァン派と呼ばれ、イギリスではピューリタン、スコットランドではプレスビテリアン、フランスではユグノー、オランダではゴイセンと呼ばれるようになる。つまり、ヨーロッパのあちこちに浸透したということだ。
カルヴァンの教えで注目すべきは「予定説」である。
「予定説」とは、神は全能であるから、救う者とそうでない者とを予め決めており、それが覆ることはないというものである。
そもそもルターによる宗教改革の発端となったのは、教会が発行していた贖宥状であり、これを購入すれば罪が許されるというものだった。
つまり、「金を払えば天国に行ける」というわけだ。それを糾弾したのがルターの「九十五か条の論題」である。
確かに、贖宥状で罪が許されるのはちょっとさすがにないだろう。
でも、カルヴァンの思想にはちょっと驚く。
救済される者がもうすでに決まっているのなら、どんなに人間が善行を積んでも、祈りを捧げても、地獄行きが決まっていたのなら、その運命には抗えないことになる。
自分が救済に値する者として神に選ばれているか、そうでないかは、無力な人間にはもちろん分からない。(司祭に神と人間との間のとりなしの力を認めるカトリシズムと異なり、プロテスタンティズムでは聖職者の特権は否定される。それまでのカトリックのように、司祭に「私はこんな罪を犯しました」と懺悔して司祭が「大丈夫、神はお許しになった」なんてことができなくなるわけだ。)
自分が天国に行けるかどうか分からない。キリスト教徒にとっては恐怖である。
だからこそ、カルヴァンの「職業召命観」が効いてくる。
「職業とは神が人間に与えた天職(calling)である。だから、禁欲的に職業に励むことこそが神の栄光の実現につながる。」
神は予め救う者とそうでない者とを決めている。
だけれども、こんなに勤勉に働いている自分が選ばれていないわけがない。
懸命に職業に励むことが、「大丈夫、自分は選ばれている」と信じることにつながる。
そして、カルヴァンは、その結果としての利潤の蓄積を否定しない。
『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』
なぜ長々とカルヴァン派の話をしたかというと、それこそ今の私たちの生き方に大きくリンクしているからである。
恥ずかしながらまだぱらまるさんは読んでいないが、19~20世紀のドイツの経済学者マックス=ウェーバーの著作に『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』がある。
資本主義が発展したのは、イギリスやアメリカ、オランダなどカルヴァン派が浸透した地域である。
前述したように、プロテスタンティズムでは職業に励み利潤を得ることが肯定される。
金儲けに正当性が与えられたからこそ、人々は勤勉に、合理的に働き、その結果資本主義が発展した。
多分、こんな感じの内容だったと思う。
だが、このような解釈も可能だろうか。
予定説では、自分が救われるのかどうか分からない。
当然、不安になる。
その不安を打ち消すには、神が与えた職業に打ち込むしかない。
こんなに一生懸命やっているんだから、自分が選ばれていないわけがない。
頑張っていないと不安になる。
頑張ることが自己目的化し、無限にそれを繰り返す。
利潤を得ることを目的とする。
利潤を得た結果の蓄財をもとに、またビジネスにつなげる。それを繰り返す。
その結果、資本を無限に増殖させることを目的とするようになる。
資本主義が誕生する。
おっと、自分の就活について書こうと思ったのに、話が労働についてになってしまった。
資本主義では利潤を最大化するのが目的なので、当然コストは抑えられる。
労働者の賃金も、そのコストである。
無限に増殖する資本主義に飲み込まれたぱらまるさんは仕事を探している。
転職エージェントに登録して、よく分からないメールを受け取り続ける。
果たしてぱらまるさんのcallingは見つかるのであろうか。
ラマダーン・カリーム
ラマダーンが始まった
ぱらまるさんは無職だが、まあまあ海外の友達がいる。
「ムスリム」は厳密にはアラビア語で「男のイスラム教徒(単数形)」であり、「女のイスラム教徒(単数形)」は「ムスリマ」だ。だからポリティカル・コレクトネスの見地から言えばムスリムという言い方は微妙だが、まあいいことにする。
さて、なぜムスリムの話かというと、ラマダーンが始まったのだ。
イスラーム圏ではもちろん現在は西暦も併用されているが、イスラーム暦(ヒジュラ暦)という独自の暦をもつ。この暦は、預言者ムハンマドがメッカからメディナへ移った(聖遷=アラビア語で「ヒジュラ」)、西暦622年を元年とする太陰暦である。
太陰暦は月の満ち欠けを基準としており、1年が354日となるので、我々が日常的に使っている暦とはずれが生じる。(ちなみに2019年5月現在はヒジュラ暦1440年だ。)
「ラマダーン」とはしばしば「断食」という意味だと誤解されているが、「ヒジュラ暦の9月」を意味する語である。(断食はアラビア語で「サウム」という。)
楽しいラマダーン
近年では日本でもハラールのレストランが増えたり、空港では祈祷スペースが設けられたりもしている。
「ラマダーン」という言葉もまあまあ浸透してきた。
しかし、ラマダーンについてはまだまだ誤解が多いように思われる。
衝撃的であったのは、知人が言った「ラマダーンって、1か月ずっと断食するんだよね?大丈夫なの?それってやばくない?」というものだ。
やばいのはあなたの常識である。
断食するのは日が昇っている間である。
(食事はもちろん水を飲むのもいけないというのは結構きつい。)
日が沈むと存分に食事をとるのだ。
前述したとおりヒジュラ暦は毎年10日ほどずれるので、夏がラマダーンと重なると結構まじできつい。日が長くなるからだ。
ぱらまるさんはちょうどラマダーンの時期にシリアとトルコにいたことがあるが、日が沈むとそれはもうすごいのである。
聞いた話によると、ラマダーン中の方が他の月よりも食費がかさむそうだ。
ラマダーンの夜は毎日祭りなのだ。
トルコの友人宅に泊まった時、ぱらまるさんはムスリマではないので、断食の義務はなかった。しかしせっかくなのでムスリマの友人らと一緒に断食したところ、大変だったが(8月だったので超つらかった)かなり達成感があった。
ひとそれぞれ
ラマダーン中は断食をするだけではない。
煙草をやめたり、性交渉を控えたりといった、断食だけでなく自分の欲望をおさえることが重視される。
(もちろん、断食については旅人やお年寄り、子どもなどはこの限りではないとイスラームの教えに明記されている。)
ラマダーンは、預言者ムハンマドに天使ジブリールを介してアッラーの啓示が下された、聖なる月である。
人間である以上さまざまな欲があり、罪を背負うが、それらをラマダーン月に清めようという考えがある。飢えに苦しむ人に思いをはせ、貧しい人への施しも重視される。
とにかくラマダーン中はなんだかみんな敬虔になるのである。
一方で、もともとものすごく敬虔なムスリムはもちろんたくさんいるのだが、そうでない人もいるわけで、厳格・敬虔という言葉だけで彼らを捉えてはならない。
ラマダーン中は”PLAY BOY”が”PRAY BOY”になるという冗談もあるそうだ。
イスラーム圏においても、イスラームの教えを厳格に守る人、神の存在は信じるが教えは実践しない人、無神論の立場に立つ人など、ぱらまるさんはさまざまな人に出会った。
ラマダーンを大切な時として過ごしているムスリムのことはもちろん尊重せねばならないが、同じムスリムでもさまざまな立場、主義の人がいることも忘れてはなるまい。
いずれにせよ、
きたない部屋とさよならしたい
部屋がきたない
この世に生を受けて以来、ぱらまるさんは同じことに悩み続けている。
それは、「部屋がきたない!」ということである。
ものごころついた時から、ぱらまるさんは片付けが苦手であった。
「うーん、まだ使えるかも!」とインクのなくなったペンをとっておき、
友だちからのプレゼントは何一つ捨てられず、
「母にもらったものだから」と、はるか昔に買ってもらったコートもまだ押し入れの中にある。
あらゆるものをとっておけるほどぱらまるさんの家は広くない。
ものがあるだけならまだいいのだが、問題は何がどこにあるか分からないということである。
かつての職場のデスクも、家ほどではないがきたなかった。
となりの席の若い有能なさわやかマンは、書類をばっちりファイリングして、毎日退勤の際デスクをきれいに拭いていた。
それに比べると、ジェンガばりに本がそびえたつ私のデスクはひどいものであった。
書類が見つからずえんえんと探し続けることも日常茶飯事であった。
つまり何が言いたいのかというと、きたない部屋はただきたないことが問題なのではなく、その人の生活にあらゆる面で悪影響を及ぼすのである。
仕事の効率も落ち、書類がなだれ落ちればとなりのさわやかマンにも迷惑をかける。
じゃあ今まで片づける機会がなかったのかというと、そんなことはない。
ぱらまるさんは今まで7回ほど引っ越しをしたことがいる。海外で生活していた時も2回引っ越した。
引っ越しというのは片づけるチャンスである。すっきりと新生活を始めるにはもってこいの機会だ。
しかし、今まで「引っ越し&フレッシュな新生活」に成功したことは無い。
いつも、あふれるモノたちを「これどうしよう、まあいっか」と適当につめこみ、新居ではその段ボールが積みあがったままだからだ。
使わないけど捨てられないものはクローゼットの中に詰め込むけれど、扉を開けるとモノが落ちてくるから、扉を開いた瞬間パッと置いてギュッと閉めるのである。
幼稚園の時の名札、小学校の時に着ていたTシャツ……。
しかし、私はそろそろ変わりたいのである。
ミニマリストになり、すっきりした部屋に住みたいのだ。
片付けブログを隅々まで検索し、片付けセミナーに参加し、片付けカウンセリングを受け、ということはもちろんしていないが、色々調べてやはり結論は一つだと分かった。
断・捨・離である。
断捨離
うまい収納法を探したりもしたが、収納方法をいくら工夫しても、家は片付かない。
そう、ものを捨てるしかないのである。
アメリカ中をときめかせているこんまりさんの片付け術は、「ときめかないものは捨てる」というものであるが、ときめきセンサーが鈍っている私にはあまりうまくいかなかった。
なので、とりあえず使っていないものはできるだけドライに捨てるように最近は心掛けている。
捨てまくっていると、ユニクロの似たようなルームウェアが8着くらい出てきて「なんでこんなに買ったんや…」と過去の自分にうんざりし、2つ3つある鉛筆削りも「もしかしたらいつか使うかも」などと思ったりもするのだが、捨ててしまえば不思議なことに「取っておけばよかった」と思うことは無いのである。
ミニマリストへの道は続く
不思議なもので、モノにあふれていた汚部屋時代は何を持っているか分からないので似たようなモノを買ってしまうが、捨てる生活をしているとモノを買わなくなる。
(無職だからあまり買い物しないというのもあるが。)
メルカリも始めた。
金を稼ごうと思って高い値をつけると全然売れないが、捨てるつもりで出品すると、意外と売れていくのである。
不思議なことに、穴の開いたセーターやもう読まない文庫本が、それはもうすぐに売れるのである。世の中には不思議な需要があるものだ。
もちろんまだまだ部屋が片付いているとは言い難い状態だが、昔の私よりはかなりましな状態だと感じる。
母にもらったコートは処分することにした。
悲しいが、さすがに15年前のコートはもう着ないだろう。
#保育士さんありがとう
大津の事故
5月8日に滋賀県大津市で起きた、散歩中の保育園の子どもたちに車が突っ込み2人の園児が亡くなった事故は、どう表現すればいいか分からないほど悲しい出来事であった。
もちろん命に序列などつけるべきではないが、人生を2年しか生きていない子どもの命が不注意によって奪われるなどあってはならない。運転していた人物はもちろん故意ではないにしても、取り返しのつかないことである。
話題になったのは、この事件の夜に保育園が会見を開いた際の報道陣の質問内容である。
顔を伏せて泣く園長先生に対し、園側の管理体制を問う質問が相次いだそうだ。
直接見たわけではないが、信号待ちしていた園児に前方不注意の車が突っ込んだのだから、保育園が悪いわけがない。誰のための記者会見だったのだろうか。
#保育士さんありがとう
保育園が悪いわけがない。
その思いを持つ人が多かったことからか、会見後ツイッターでは
「#保育士さんありがとう」のハッシュタグがあふれた。
小さい子どもの相手をするのは、大変である。
ぱらまるさんには0歳の子どもがいる(「ちびまる」とでも呼んでおこう)。
ちびまるはとてもかわいいし、それはもう食べちゃいたいほどかわいいのだが、夜中に何回もたたき起こされたり、ぎゃんぎゃん泣きわめいたりされると、わが子ながらやっぱりしんどい。
世の中に「産後うつ」とか「児童虐待」とかがある理由がよくよく分かった。
「子どもに手をあげるなんて信じられない」と思うし、もちろんしたこともするつもりもないが、追い詰められた親がそういった行動に出てしまうことは十分ありうるのだと実感した。
ちびまるは保育園に通い始めた。
0歳のちびまるを保育園に預けるのは、とても寂しいのではと予想していたが、自分の精神衛生上とてもよい。
ちびまると一緒の時間は短くなるけれど、その分ぎゅっと愛情を注いであげられる気がする。
(念のため言い訳しておくが、保育園に預けるには保護者が就労していなければいけない。ぱらまるさんはほぼ無職だが、諸事情で保育園に預ける条件は満たしている。)
保育士さんたちは、ちびまるにミルクやごはんを与えてくれる。
保育士さんたちは、ちびまるを寝かしつけてくれる。
保育士さんたちは、ちびまるを抱っこしたり、歌を歌ったりしてくれる。
保育士さんたちは、ちびまるを外に連れ出して、お散歩し、色々なものを見せてくれる。
子ども一人でもしんどいのに、ほぎゃほぎゃ意味の分からないことを叫び、泣き、暴れる子どもを何人も、何十人も面倒を見るのはそれはもう大変だと想像する。
しかし、保育園のおかげで、保育士さんのおかげで、無職のぱらまるさんも仕事を探すことができるというものである。
ホリエモンは「保育士の給与が低いのはだれでもできる仕事だから」と言って物議をかもした。
確かに国会議員や商社マンになるより保育士になる方が簡単かもしれない。
ホリエモンは保育士が楽な仕事と言っているわけではないので、別にその発言をどうこう言うつもりはないが、保育士の給与が低い状態であるのは確かである。
しかし、理不尽な子どもたちと毎日何時間も向き合うにはとてつもない忍耐力と笑顔が必要だ。
たぶん「だれにでもなれる仕事かもしれないけれど、実際には超絶しんどい、でもとても大事な仕事」なのだ。子どもたちの毎日を支え、働く保護者を支えてくれる。
ちびまるの担任の先生は、推測だけれど、若い新人の先生のようである。
とても一生懸命笑顔でやってくれている。ありがたいことである。
保育士さんありがとう、これからもよろしくお願いします。
ブログを始めたいきさつ
ブログ始めました。
ブログを始めたいきさつを説明しておこう。
そんなことに興味がある人はおそらくいないと思うが、なんせブログを始めたばかりだからとにかく色々なことについて無駄に話したいのである。
さて、前の記事を注意深く読んだ人はお気づきかもしれないが、ぱらまるさんがブログを立ち上げるのはこれで2度目である。
一年前の春にもブログを立ち上げた。
なんせ当時は無職になったばかりだったから、「よっしゃ~やったるで~、カリスマブロガーになってネット上の風雲児としてぶいぶい言わせたるんや~」
と謎の意気込みを見せていたのだが、案の定三日坊主どころか記事一つで挫折したのだ。
今回はこれが二つ目の記事だから、昨年の自分よりは成長を見せていると言ってよいだろう。
ブログを再び始めた理由
ぱらまるさんはSNSを割と色々やっている。
フェイスブックもツイッターも、最近はインスタグラムとやらも始めた。「インスタ映え♡」とか言っている輩を見ると「はあ何言ってんだこいつ」と今までは思っていたが、なかなかこれが面白いのである。
とった写真をただアップしているのももちろん結構なのだが、漫画を描いたり掃除方法を教えてくれたり世のインスタグラマーたちはとてもなんだかすごいのだ。
なかでもぱらまるさんが気に入ったのは「ウエス」というやつの情報で、いらないタオルや服をちょきちょき切って、拭き掃除などに使うというものだ。「もったいない→捨てられない→汚部屋」の無限ループに数十年苦しむぱらまるさんにとっては画期的な掃除方法だ。もう着ない服もこれで成仏できるというものである。サンキューインスタグラム!
話を元に戻そう。
SNSのアカウントはもっているものの、自分から情報を発信することはほぼない。
なんだか気恥ずかしいのである。
え、私ごときの人間が、ツイートなんかして……いいの?
みたいな謎の考えが邪魔するのもあるし、現実世界の知人に見られるのも恥ずかしい。
というか、ただ単にめんどくさい。
では、なぜブログを始めたのか?
ぱらまるさんは現実世界ではわりと話すのが苦手である。
「えーっとこれについて話そうかな…」と頭の中で綿密に構想を練り、自分の発言に対する他者の反応を推測していると、いつのまにか皆さんは次の次くらいの話題に移っているのである。
しかし、話したいことがないわけではもちろんない。
書くことなら、あせらずゆっくりでも大丈夫そうだ。
いつも思いついてはぽわーんとどこかへ行ってしまうアイデアをつなぎとめておくためにも、自分の思考をちょっと距離を置いて眺めるためにも、ブログは有効そうである。
ブログを始めるにあたって、アカウント名を決めてくれとパートナーに頼んだところ、次の候補を出してくれた。
「くるみ割リザードン」
「かめ太郎」
「しば漬け姉さん」
「いかれ〇〇〇」(自粛)
「まるっとはむ太郎」
「ぱらまる」
「くるみ割リザードン」に心ひかれたことは言うまでもないが、まあここは下手に目立ってネット民をざわつかせてはいけないということで、めでたく「ぱらまる」になった。
ブログ上では「ぱらまるさん」になっているが、ぱらまるとかまるまるとかパラナイト=マルサンとか、好きなように呼んでほしい。
おっと、ブログだとついしゃべりすぎてしまうようだ。
どこかの誰かが見てくれることを信じて、これからも書き続けるつもりである。
マインドフルネス的な生き方
ぱらまるさんは無職である。
いや、厳密にいえば無職でないこともなくはないのだが、基本的にはほぼ無職である。
無職ライフが始まったのは2018年の春ごろであった。つまり、もう一年近くも無職をしている。
さて、無職ではあるものの色々と頭の中のもろもろを整理しなければいけないため、ブログを始めた次第である。(ちなみに去年の今頃にも一度ブログを始めたがすぐ挫折した。)
カリスマブロガーになる道はまだ(0.001%くらい)あきらめていないので、この後ぐんぐんブロガーとしてのスキルがアップしていくので楽しみにしていてほしい。
突然だがアイコンに使っているこの写真はぱらまるさんがかつて通っていた学校である。そのこともいつか書くつもりではあるが、まずは今現在のことについて書き始めるつもりである。
書いてみたいことは色々あるが、まずはマインドフルネスについてである。
マインドフルネス
無職になるまではほとんど家にいない生活を送っていたので、「ほう無職とはこんな感じか」と思うことは色々ある。その一つが毎日テレビ見放題ということだ。
勘違いしないでほしいが、私は別にテレビが好きというわけではない。
昼間のワイドショー的なものはあまり積極的に見たいとは思わないし、テレビばかり見ているとなんだかあほになってしまう気がする。(テレビ業界の人すみません。)
しかし何といっても無職なのでついテレビをつけるのである。
それはだいたいNHKなのである。特に理由はないが、なんとなくNHKである。せっかく受信料払っているからとかNHKは公正で信頼できるからとかそんな理由ではなく。
「あさイチ」とか(近江さんかわいい)「半分青い」とか「ごごナマ」とかそんな感じの番組が毎日やっていて、一日10回ぐらい気象情報を見ることになる。
「きょうの料理」とか「きょうの料理ビギナーズ」に至っては、まったく同じ番組を一日2回も見ることもある。
さて、マインドフルネスの話に戻ると、今日の「ひるまえほっと」でマインドフルネスを特集していた。「ひるまえほっと」とは、NHKで平日の昼頃にやっている情報番組である。
十年ほど前に一度座禅をやったことがあり、うつらうつらしていたところを住職さんにバコーンとたたかれたことを懐かしく思い出すが、座禅とマインドフルネスは少し似ている。
「今ここ」に注意を向けるのがマインドフルネスである。
仏教の瞑想から着想を得ているようだが、「ひるまえほっと」ではビジネスマンがマインドフルネスにはまっている様子が見られた。
「瞑想ってブッダとかガンジーとかキング牧師でしょ?」みたいなイメージを私はかつて持っていたが(キング牧師は違うと思う)、そうではないらしい。
ビジネスマンでも無職でも、みな日々さまざまなストレスを感じて生きている。
過去の失敗への後悔、未来への不安、無職であることのもやもやなど、悩みもつきない。
時間は矢のように過ぎてゆき、ぱらまるさんの場合は起きて家を片付けてごはんを食べていたらいつのまにか一日が終わっている。いつのまにか一か月、気づいたら一年たっている。
うむむ、おそろしい。
「過去も未来も今変えることはできないんだからさ、今この瞬間を生きようよ!今に注意を向けようよ!」的な生き方は、いつも世間体と就職と貯金のことばかり考えているぱらまるさんにはハードルが高い気はするが、ちょっとあこがれである。
マインドフルネスでは呼吸が大事らしい。
姿勢を整え、呼吸に意識を向け、目を閉じ、体の動きに注意する。
今、この瞬間に意識を向ける。
なんだかマインドフルネスいいかも!
ということで、今日からブログ的マインドフルネス的生き方をすることをここに宣言します。
効果があれば報告します。